うちわ売りの少年

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だいたいアグラという街はタチの悪いインドでもとびきりタチが悪いところで。街中が一丸となって、タージ・マハル目当ての観光客から金を巻き上げようとするところがある。隙あらばふっかけようとする物売りやリキシャの親父たちはいうに及ばず、泊まったゲストハウスでも「外で食うよりここで飯を食え」とか「ロビーで賭けゲームをしないか?」とか、とにかく従業員ぐるみでうざかった。隣の部屋の若い日本人バックパッカーも「賭けゲームでルピーを取られましたあ」と愚痴っていた。気の毒に。せめて寝泊まりする宿ぐらいは安心したいものだね。
かくいう鈴木もジャッパーン人であるから(デリーで買った使い捨てライターに『Made in JAPPAN』と刻まれてあったのがすごく可笑しかったので、それ以来鈴木はジャッパーン人になったのである)旅の間中はインド人に細かく騙された。線の細い人はそういうことでノイローゼっぽくなるのだろうが(もう日本に帰りたいとつぶやく旅行者にたくさん出会った)ま、ここはインドなんだし、そんなものだろうとぼくは思ってる。仕方ないのだ。
でもそんな彼らインド人にもいいところはある。それは暴力的じゃないということ。ガンジーに代表される非暴力の伝統。彼らは詐欺や泥棒はするけど、強盗やカツアゲはしない。たぶんね。いちど、デリーの路上で男二人の喧嘩を見たことがある。たくさんの野次馬といっしょにその喧嘩の一部始終を見たのだが、お互いヒンドゥー語でまくし立てながら、手で相手の胸をこづくだけでちっとも迫力がなかった。でもインド人の観客たちはそんなちゃっちい喧嘩にやたら興奮してて、それがなんだか鈴木には大変微笑ましい気がした。実際、物売り物乞いのインド人にまとわりつかれても怖くはない。あんまりうるさいようだったら日本語で「うるせえ!どけろ!」と言うとインド人は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまうからだ。インド人にとってみたら、外人であるおれたちの方が怖いんだろうと思う。
それにインド人にはやられっぱなしというわけでもない。何人かのインド人はこっちが騙してやった。例えば、やたら運賃をふっかけてきたオートリキシャの親父。250ルピー寄こせだなんておまえさっきと話が違うじゃねえかよ。…まあいい。おれは金持ちだからな。ほら、1000ルピー。釣りはいらないよ。ほら、ポケットに入れてやる。OK、OK。ともだち。ベストフレンド。そうしてかたく抱き合って別れた後に、あの親父は胸ポケットの中の10ルピー札を見て、じたんだ踏んだことだろう。まさか間抜けばっかりの日本人に騙されるなんて!でもあいつは日本人じゃなくジャッパーン人なのだ。ケラケラ笑いながらもう空港の中に逃げちゃってるのだ。追っかけようにもリキシャの親父は入れない。ジャッパーン人は根っからの詐欺師なので要注意。安いホテル代の精算のときも一日分くらいごまかしたりするし。「郷に入りては郷に従え」そのジャッパーン人も別にインド人が憎いわけではなく、ただのお遊びでやってるので悪気はないのだ。インド人が日本人を騙すのに悪気がないように。しょせんこの世はゲームなのだから。
旅行者には悪名高い北インドでもとりわけ悪名高い街アグラだが、それでもやっぱりタージ・マハルは一見の価値がある。あの完全な調和がとれた美しい外観もそうだし、中に入ってひんやりと冷たい大理石の上を裸足で歩きながらイスラーム的な紋様を眺めているとなんだか荘厳な気持ちになってくる。かつてアクバル大帝が、死んだ二番目の妻のために莫大な費用を使って建設した墓。それは美しい愛のモニュメント。
そういえば、タージ・ガンジ地区にあった小さなラッシー屋も忘れられない。あそこのスィートラッシーはインドで一番うまいんじゃないかと思う。あんまり気に入ったのでアグラ滞在中は毎日通った。素焼きの壺に入ったラッシーを飲み終えたらその店先の路上に壺を捨てる。パリンと割れた壺は風に吹かれて欠片となり、またいつか土に戻るのだ。ビバ・リサイクル!
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アグラ滞在最後の日、おれはアグラ・フォート駅で途方に暮れていた。ニューデリー駅の外国人係のあの親父、面倒な特急チケットを手配しやがったのだ。そのままアグラからは乗れない。トゥンドゥラという町からヴァラナシ行きの寝台特急に乗らなければいけないのだ。でもなんだよトゥンドゥラって。地球の歩き方にもロンリー・プラネットにも載ってやしないよ。よほど辺鄙な町らしい。
途方に暮れるのは、その町まではバスに乗って行かなきゃいけないのだが、人混みでごった返すアグラ・フォート駅のロータリーには30台以上のおんぼろバスが並んでいて、そのどれもこれもががミミズののたくったようなヒンドゥー語で行き先が書かれているのだ。そんなもの可憐なジャッパーン人に読めるわけがない。気温40度を超える酷暑期の北インド。おれはバックパックを枕に待合室のベンチに寝そべり、冷たいコーラを飲みながら面倒なチケットを購入してしまったことにふてくされていた。どうすっかなあ。人当たりのいいインド人を見つけて聞くしかないか。
と、そこへひとりのうちわ売りの少年が声をかけてきた。
「ヘイ。ジャッパーン人?ねえねえ、おいらのうちわを買っておくれよ」
おっ。少年よいいところに来た。じつはジャッパーン人は困ってるんだ。トゥンドゥラ行きのバスを教えてくれないか?
「OK!おいらにまかせて!」
笑顔でうなづいた少年はロータリーに停まっているバスの運転手に片っ端から声をかけた。いくつかのやりとりがあった後に、少年はこちらに向かって笑顔で手を振った。「見つけたよ!これがトゥンドゥラ行きのバスだよ!」
グッジョブ少年。ありがとう。まだ出発まで間があるんだろう?じゃあこっちにおいで。いっしょに冷たいコーラを飲もう。うちわも買ってあげる。
貧しいうちわ売りの少年にとってはたぶん贅沢品であろうコーラを飲みながら、二人ベンチに腰掛けてただ笑顔でしばらくいっしょにいた。少年はカタコトの英語だし、ジャッパーン人は旅先でも頑なにジャッパーン語を押し通してるから細かい話はできなかったが、別にいいだろうそんなのこうしていっしょにコーラが飲めれば。うちわは何ルピーだったのか忘れてしまったが少年の言い値で買ってあげた。どうせ上乗せしてるんだろうが、泥棒するより親切なことをしてうちわを売るという商売をこれからも続けてほしいからそれでいい。日本の扇子と違い、360度にまん丸く開く竹で編んだ手作りのうちわ。「見てこれチョンマゲ!」うちわを頭に乗せてジャッパーンギャグを披露すると少年は大口を開けて笑った。チョンマゲ!チョンマゲ!
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トゥンドゥラ行きのバスが走り出すと、少年は名残惜しそうに走ってついてきた。「チョンマゲ!チョンマゲ!」と言いながら。おれは窓からうちわを振って少年に答えた。チョンマゲー!
あれから、夏になるたびにそのうちわは肌身離さず持ち歩いている。すごくチープな作りなので竹ひごを結んでいる糸がほつれかけているけれど、まだまだ使える。うだるように真夏の暑い日、うちわを上下にゆっくり扇ぐと、まだ少しだけあのエキゾチックな国の匂いがする。
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【再掲】うちわ売りの少年(初出2007年8月10日)