おれたちのオン・ザ・ロード・アゲイン
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ずいぶん前の話だが、ケルアックの『路上』─On The Road─ の翻訳を試みたことがある。『路上』は河出書房新社より福田実氏の翻訳で文庫が出ているが、その翻訳が特に気に入らなかったからというわけでもない。むしろ大好きだ。しかし、あんまりにも好きな海外作家の本を思い募って自分の手で日本語に訳してみたい、そんな乙女心を君はわかってくれるだろうか?村上春樹がサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を再翻訳して刊行したけれど、ぼくには彼の気持ちがなんとなくわかる。といってもぼくは白水社uブックス版が気に入っているし、村上春樹版は読んでいないんだけれど。
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PENGUIN BOOKS版ペーパーバック『On The Road』の始まり。
I FIRST met Dean not long after my wife and I split up.
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それが河出文庫版ではこう始まる。
はじめてディーンに会ったのは、ぼくが妻と別れて間もないころのことだ。
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うんOK、では早速翻訳を始めようか。 …って思ったけど自分は英語苦手なんだ。からっきしなのさ。あれ、これどういう意味なんだろう?これでいいのかな?なんて感じでちっとも先に進まないよ。ダメだこりゃ!(@盆@)=3
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結局ぼくは、当時ぼくのパートナーだったピー子の助けを借りることになった。彼女は翻訳にはうってつけの女だ。というのも彼女は英語の得意な才女だったし、あらゆることに対して献身的にぼくに尽くしてくれたからだ。
当時のぼくは最初に勤めた出版社を退職したばかりで、ちょっとした印刷仕事も請け負うフリーの編集者兼フリーライターという肩書きだった。といってもその頃のぼくといえば出版社勤務のあのハードな労働から解放されたばかりだったし、混沌とした女性関係やヤクザ絡みのトラブルなど当時のぼくが抱えていた、キチガイじみた様々なごたごたをいっぺんに清算したばかりの、心底まで疲弊しきった時期だったので、熱心に仕事をする気も起きず、ときどき友人関係から流れてくる細々とした広告などの仕事をポツリポツリとこなすほかは、生産的なことなんかくそくらえと毎日ぶらぶらと酔いどれたフーテンのように過ごしていた。
それに当時のぼくはアシッドで身体(というよりも実際には頭)を壊していたので、まともなことはほとんど出来ないひどい有様だったというのもある。たとえば自動販売機でコーラを買おうとボタンを押したらファンタが出てきてしまうくらい、ただのひとつもまともなことが出来なかったのだ。
いまでは壊した身体はすっかり回復したが、それでもまだ微かにフラッシュバックが残っているといえば残っている。たとえば座禅を組んでいる最中などに様々な幻想や幻覚が見えることもある。本来持っていないはずの記憶や感情が沸きあがるときもある。人から「狂ってる」と言われることも多い。うるさーい。
なるほど。いちど心の奥底の深淵を覗いた人間、つまり狂ってしまった人間が完全に元に戻ることはないのかも知れない。でもぼく自身は「そんなこともあるさ」と別段気にしてはいない。ヘイチャラだ。世の中には理解できないことも混沌としたままのこともたくさんあるのだし、それらすべての事象に真面目に付き合う必要もない。神秘は神秘のままにしておけばいい。ケルアックの言葉を借りれば「人はみな生きるために狂い、話すために狂い、救われようがために狂い」といったわけなのだから。
ぼくはドラッグであっちへ行ってしまったっきりの人間を何人も見てきた。ぼくに言わせれば彼らは真面目すぎたのだ。狂ったからといって必ずしも真面目に狂わなきゃいけないことなんかないのに。これはドラッグに限った話でもない。精神的なトラウマだとかPTSDだとかなんとかみんなそうだ。真面目に抱え込まないでもっと不真面目に、不謹慎になればいいのに。
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『路上』の翻訳作業は彼女のアパートで、彼女といっしょ二人三脚で進めた。彼女が文節ごとに直訳に近い形で意味を教えてくれる。それをぼくがケルアックの文章本来のビート感を殺さぬように言葉にして行く。大事なのは疾走するリズムだ。文法や規則じゃない。
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「どんどんやれよ。君のやることは、何でもみな偉大だよ」「よう、わっ、すること、書くことがずいぶんあるぞ!さらに そいつをみんなぶちまけて、しかも、手加減した遠慮とか、文学的抑制とか文法的心配といったようなためらいなんかはすっかり捨ててしまう方法を始めるには……」
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ディーン・モリアーティが自宅で小説を書くサル・パラダイスの後ろでそう捲したてたように、そしてそれを啓示として、マシンガンのように思いつくままにぶっ続けでタイプライターを叩いたケルアックのように、ぼくらもそれに習った。蛍光灯嫌いの彼女の黄色い電灯が灯る六畳の部屋で、いっしょにパスタを食べながら笑いあったり、セックスをしたり、ときには喧嘩をしたりしながら。
しかし結局、ぼくらの『路上』は最後まで完成することはなかった。英語の苦手なぼくが、英語の得意な彼女を失ったからだ。男と女にはいろいろあるよ。そのことについて詳しく書こうと思えばきっと小説一本が書けてしまうくらい長くなるだろうから、今はとりたてて言いたくない。あの夏の出来事を適切な言葉で説明できるような文才を自分が持ち合わせていないのがちょっとくやしい。
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ときどき、自分の今まで歩いてきた道を振り返る。
たくさんの過去、あらゆる思い出。太陽の沈む剥き出しの路上で、ゆっくりと歩きながら、過去の自分を考え、そしてまた過去の人々を思い、また顔を上げるとキッと歯を食いしばり、しかしすぐにそんな自分を笑い飛ばし、ぼくは前に進む。あらゆるものを笑い飛ばして、前に進む。
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そちらの方向に行きさえすれば、どこかに、女の子も、あらゆるものも、きっと存在するのだ。その方向のどこかで、真珠が手に入るのだ。
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【再掲】おれたちのオン・ザ・ロード・アゲイン(初出2007年8月17日)
遠い昔、人々はアメリカに住むと決めた
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Revenge of the Lawn
Richard Brautigan
鈴木訳/リチャード・ブローティガン短編集『芝生の復讐』より
「遠い昔、人々はアメリカに住むと決めた」
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新しい女とやりたいな。そんなことを考えながらぶらぶらと歩いていた。冬の寒い日の午後、頭の中はそんなことでいっぱいで出歩いてたところだった。
向こうから背の高い女が歩いてきた。背の高い男が好きそうな女が。リーバイスをはいた若い獣のようなカジュアルさだ。5フィート9インチ(*約180センチほど)、青いセーターを着ている。締めつけられていない彼女のおっぱいは、波打つように揺れている。
彼女は靴をはいていない。
ヒッピー娘だ。
髪の毛がすごく長い。
彼女は自分がどれだけ可愛いのか自分ではわかっていないように見えた。だがそれがいい。そういう態度がぼくを興奮させる。といっても、ちょうどいま女とやりたいと考えていたところだったので、興奮することは別にむずかしいことじゃないんだが。
すると、予想もしてなかったことが起きた。すれ違うとき、彼女はくるりと振り向いてこう言ったのだ。
「ねえ、わたしのこと知ってる?」
すごい!彼女がぼくのすぐそばにいる。本当に背が高い!
ぼくは彼女をじっと見た。どこかで会ったことがあったっけ?昔やった女、それともただの知り合いか。もしかしたら、酔っぱらったときに口説いた女かもしれない。じっと観察してみた。彼女は若く、美しかった。とびっきりの青い目をしている。でも、誰だったかは思い出せなかった。
「前に会ったことあるわよね?」
彼女はぼくの顔を見上げながらそう言った。
「あんた、なんて名前だっけ?」
「クラレンスだよ」
「クラレンスぅ?」
「そう。クラレンス」
「え〜。それじゃわたし知らないわ」
ほらやっぱり。
彼女の足は歩道の上で冷え切っていて、こっちの方を向いて寒さに背を丸めていた。
「君の名前は?」
ぼくは彼女に尋ねた。口説いてみようか。いや、いまこうして実際に口説いているわけなんだが、じつのところ声をかけるのが30秒も遅かったくらいだ。
「ウィロー・ウーマンよ」
彼女は言った。
「ヘイトアッシュベリーへ行くところなの。たったいまスポーケンから着いたばかり」
「悪いけどいっしょには行けないな」
ぼくは言った。
「あそこはひどいところさ」
「ヘイトアッシュベリーには友達がいるのよ」
彼女はそう言った。
「あそこはひどい場所だぜ」
ぼくがそう言うと、彼女は肩をすくめて自分の足元を見た。そして顔を上げたとき、彼女の目にはひどく親しげな、そして傷ついた表情が浮かんだ。
「これしかもってないの」
彼女は言った。
(着ているもののことを言ったのだ)
「あとは、ポケットの中にあるものだけ」
(そういって彼女は、リーバイスの左尻のポケットをちらりと見た)
「ヘイトアッシュベリーに行けば、友達が助けてくれるのよ」
(そう言って彼女は3マイル先の、ヘイトアッシュベリーの方角を見た)
突然、彼女は落ち着きを失った。どうすればいいのか、わからなくなってしまったのだ。彼女は半歩ほど下がった。
「わたし…」
彼女は言った。
「わたし…」
再び彼女は、冷たくなった足下に視線を向けた。そしてまた半歩ほど後ずさりをした。
「わたし」
「わたし、泣きたくないの」
彼女はいまの状況にすっかりうんざりしていた。帰ろうとしていた。彼女の望み通りには、いかなかったのだ。
「助けてあげるよ」
ぼくは言った。そしてポケットの中に手を突っ込んだ。すると彼女は、まるで奇跡を目にしたかのようにぼくに駆け寄った。
ぼくは彼女に1ドルを渡した。誘おうとしたことなんかすっかり忘れてしまっていた。そもそもの計画ではそうだったのに。
彼女は1ドルももらったことが嬉しくてぼくに抱きつき、キスまでしてくれてる。彼女のからだは温かくて親しさに溢れていた。
ぼくらはうまくいくはずだった。そうなるような言葉もぼくは言えるはずだったのに、ぼくは何も言わなかった。彼女とうまくやれる糸口を見失ってしまい、彼女は美しく去っていった。彼女がこれから会うであろう人々の元に。そしてぼくはせいぜい思い出というゴーストになって、彼女が生きていく人生の中に埋もれていくのだ。
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LOVE LETTER
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マッキーのことなんだけどさ、ぼくはかなり大好きなんだよね。そしてマッキーの曲の中でもこの「LOVE LETTER」という曲がすごく好きだ。すごくせつない名曲なんだ。
線路沿いのフェンスに 夕焼けが止まってる
就職の二文字だけで 君が大人になってく
向かいのホーム 特急が 通り過ぎる度
とぎれとぎれのがんばれが
砂利に吸い込まれていく
ホームに見送りに来た 友達に混ざって
きっと僕のことは見えない
大好きだ大好きだって とうとう言えないまま
君は遠くの街に行ってしまう
何回も何回も 書き直した手紙は
まだ僕のポケットの中
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これはマッキーは高校生のころの話なんだよ。そしてマッキーの好きな彼は就職組なわけ。楽しい高校生活も終わりが見えている。彼は就職が決まってこの街を出て行く。でも、マッキーは言えないわけよ。遠くの街に行ってしまうガチムチの彼に「好きだ」ってそのひとことが。何回も何回も手紙を書き直して、でも彼にはどうしても渡せないの。勇気がないの。マッキーのポジションはホームに見送りに来た、ただの友達のひとりなの。
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徹夜で作ったテープ 渡したかったから
夜道をバイクでとばし 君に会いに行った
ずっと言えずの言葉を 託した曲達も
長い旅の退屈しのぎに なればそれでいい
ヘルメットをとって 変になった僕の髪を
笑いながらさわった君を忘れない
大好きだ大好きだって とうとう言えないまま
君は遠くの街に行ってしまうのに
何回も何回も 書き直した手紙は
まだ僕のポケットの中
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マッキーは彼のために徹夜でテープを作った。それを彼に渡すために夜道をバイクで走る。このテープの曲のチョイスには彼への愛のメッセージが込められてる。でもたぶん彼はそれに気づいてくれないだろう。でもいいの。マッチョな彼の長い旅の退屈しのぎになれば。ヘルメットを取って変になったマッキーの髪を豪快に笑いながら触る、彼の太くて毛深い手を忘れない。
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自転車を押しながら帰る夕暮れ
この駅を通る度 網目の影が流れる横顔を
僕はこっそり見つめてた
大好きだ大好きだって ずっと思っていた
君は遠くの街に行ってしまうから
何回も何回も 書き直した手紙は
ずっと僕のポケットの中
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秘めた想いを抱えながらマッキーは網目の影が流れる彼の横顔を横顔をずっと見つめていた。大好きなのに、言えないの。遠くの街に行ってしまうのに「好きだ」ってひとことが言えない。何度も書き直した手紙はずっと今でも、マッキーのポケットの中にある。ああ、なんてせつないのかしら!いやんいやん!
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(@盆@)鈴木のこのブログも、何回も何回も書き直して、でもやっぱり、大好きな君に本当に言いたいことを伝えられないままでいる。そんなせつないブログなんだ。
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【再掲】LOVE LETTER(初出2008年2月29日)