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世界中に落とした欠片

最近、ヒマさえあればこの動画をぼんやりと眺めている。「鈴木さん鈴木さん、こんな動画があるよ。インドだよ」って教えてもらったのだ。ぼくがインドに行ったのはずいぶんと昔の話で、でもこの動画を見て「変わんねえなあインドは」なんて思ってる。

バラナシ。巡礼者でごった返すガンガー沿いのガート(階段)、迷路のように曲がりくねった道、あの交差点知ってる。バラナシの中心ゴードリアチョークだ。あそこには2軒のラッシー屋が並んでる。そのうち1軒のラッシー屋の親父は交差点にぼくの姿を見つけると「ヘーイ!マステロ!マハラジャーマハラジャー!」と大きな声で呼ぶんだよ。元気かなあのオヤジ。あっ、スパイシーバイツレストランの日本語の看板。なつかしい。

こっちのオールドデリーの動画もやっぱりなつかしい。メインバザールと呼ばれる、ニューデリー駅の近く、旧市街の中心地だ。リキシャの親父、野良犬。迷路のような裏道。あのニューデリー駅から延びた通りの広場で一日中サモサを揚げていた親父は、やっぱりいまもサモサを揚げているんだろうか。

ぼくがインドに行ってたのはほんと昔で、また行こうなんて虎視眈々と狙ってるんだけど、いまは仕事も忙しいし、それにまた数ヶ月も旅に出ちゃったら女房が怒るし。いったいいつになったら行けるのやら。

だからこのインドの動画をぼんやりと眺めながら行った気分を味わってる。そして不思議な気持ちになっている。ぼくの欠片がいまだにそこに場所にあって、それを拾いながらああ昔ぼくはそこに居たんだという感覚。ぼくの心の一部、滓みたいなものがはげ落ちて、微細な粒子のようにいまだにずっとあそこに漂っている。そんな気分。思い出深い場所には、そんな風に自分がそこに居たという痕跡がいつまでも残ってる。他の人には見えないけれど、でも確かにそこには残ってる。きっといつまでも残ってるんだよ。

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人類は慈悲深い機械のゆりかごの中

The Pill versus The Springhill Mine Disaster
Richard Brautigan

鈴木訳/リチャード・ブローティガン詩集『ピル対スプリングヒル鉱山事故』より
「人類は慈悲深い機械のゆりかごの中」

ぼくはそのことを考えるのが好きだ

(早ければ早いほどいい!)

インターネットの草原で

哺乳類とコンピューターが互いに共生する、

プログラミングのハーモニー

それはまるで純粋な水と

澄み切った空が触れあうみたいに

ぼくはそのことを考えるのが好きだ

(お願い!いますぐ!)

松と電子で満たされたインターネットの森について

そこでは鹿がハミングしながら散歩する

花びらが舞い咲きほこるような

コンピューターを飛び越えて

ぼくはそのことを考えるのが好きだ

(そりゃそうさ!)

インターネットの生態環境について

そこはぼくたちが労働から解放されて

自然へと回帰する場所

そこはぼくたちの兄弟である

哺乳類へと帰る場所

そして、人類は慈悲深い

機械のゆりかごの中

【訳注】ブローティガンがこの詩を書いた1968年の当時には、もちろんインターネットなんてまだ存在してなかった。だから原文では「cybernetic meadow」(サイバネティックスの草原)、「cybernetic forest」(サイバネティックスの森)という表現になっている。1968年というとフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が刊行された年だし、ブローティガンはそういうサイバーパンク的な未来を夢見たんだと思う。おそらくマトリックスのような世界をね。で、ぼくはそれを勝手にインターネットと意訳した。だっていまのぼくらはごらんのようにインターネットの草原で歌ってるわけなんだし。

【再掲】人類は慈悲深い機械のゆりかごの中(初出2008年11月22日)

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ぼくは君のことをある人に伝えようとしていたんだ

Revenge of the Lawn
Richard Brautigan

鈴木訳/リチャード・ブローティガン短編集『芝生の復讐』より
「ぼくは君のことをある人に伝えようとしていたんだ」

数日前のことだ。ぼくはきみのことをある人に伝えようとしていた。だって君はぼくがいままでに出会ったどの女の子にも似ていないんだもの。

たとえばぼくはこんな風に言うことすらできなかった。「そうだな。彼女は赤毛ではないけど、ジェーン・フォンダそっくりだね。口元もちょっとちがうかな。それにもちろん、映画スターでもないけどね」

でも君はジェーン・フォンダにはぜんぜん似ていないから、そんな風にも言えなかった。

それで結局ぼくは君のことを、子供のときにワシントン州のタコマで観た映画にたとえることにした。ぼくは1941年か42年にタコマのどこかでその映画を観たんだと思う。たぶんぼくは7歳か8歳か9歳だった。映画は「田舎に電気がやってきた」という内容で、それはもう完璧な1930年代のニューディール政策の子供向け道徳映画だった。

その映画は電気のない田舎に住む農夫の話だった。彼らは夜になると縫い物や読書をするためにランタンを使わくなちゃいけなかった。それにトースターや洗濯機のような電化製品も持っていなかったし、もちろんラジオを聞くこともできなかった。

やがて彼らは大きな発電機付きのダムを建設した。田舎の大地に電柱を立て、畑や牧場の上に電線を走らせた。

そこには電柱が立ち並び、電線が張り巡らされた壮大な空間ができあがった。なんだか古臭くもあり、また同時にモダンでもあった。

映画の中でギリシャ神話の若い神のような電気が農夫のもとへとやってくると、彼から永遠に暗闇を奪う。

突然、神がかったようにスイッチが入れられ、農夫は冬の暗い早朝に牛の乳を搾るために電気を点けた。

こうして農夫の家族はラジオを聞いたりトーストを焼いたり、洋服を縫ったり新聞を読むための灯りを手に入れることができた。

それは本当に素晴らしい映画だった。”星条旗よ永遠なれ”を聴いたり、ルーズヴェルト大統領の写真を見たり、彼の声をラジオで聞いたりするくらいに当時のぼくを興奮させたんだ。

「……私はアメリカ合衆国の…大統領です…」

ぼくは電気が世界中に広がればいいと思った。世界中の農夫たちがラジオでルーズヴェルト大統領の声を聞くことができるようになればいいと願ったんだ。

そう。ぼくにとって君は、そんな感じなのさ。

【再掲】ぼくは君のことをある人に伝えようとしていたんだ(初出2007年12月22日)

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