魔法の呪文

悲しいとき、つらいとき、苦しいとき
そんなときはこの秘密の呪文を三回唱えてごらん

ヤッターマンコーヒーライター!
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泣いた顔がほらもう笑った

【再掲】「魔法の呪文」(初出2008年1月17日)

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平成禅ヒッピー

うちわ売りの少年】からのつづき

そうしてぼくを乗せたバスは、ほこりっぽく赤茶けた大地を爆走した。そしてたどり着いた辺鄙な町、トゥンドゥラ。そこはメインストリートが一本だけの小さな町だった。

ぼくがこの町の駅から乗る予定の、ヴァラナシ行き深夜特急の出発時刻は深夜。でもいまはまだ、お昼を過ぎたばかり。気温は40度を超えているかもしれない。暑い。めちゃくちゃ暑い。照りつける日差しが死ぬほど、熱い。これは急いでホテルにチェックインしなくては。そこで、深夜までゆっくりとできる安宿を探そうと思い、バスを降りたばかりのぼくをチラチラと見ているリキシャの親父たちに声をかけた。

「いちばん安いゲストハウスまで!」

このトゥンドゥラという町はあまり旅行者の来るようなところではないのだろう。近くに外国人旅行者の姿は見えない。辺鄙な田舎町なのだ。だからだろう、突然の上客の登場にリキシャの親父たちが色めきたっている。「OK!ホテルOK!」

その中で適当な親父のリキシャを選んで乗り込む。走り出したリキシャはぼくを乗せ、その小さな町の真っ直ぐなメインストリートを風切って走る。自転車を漕ぐ白いランニング姿の親父、浅黒い背中からはキラキラとした汗が噴き出ている。ストリートには雑貨屋や食堂などいくつかの店が並んでいるが、町を歩く人の姿は少ない。どこにでもいるはずの旅行者の姿も見かけない。本当に小さな町なのだ。

そしてリキシャはメインストリートの突き当たりにある駅まで来ると、くるっとUターンしてぼくが元にいた場所に戻った。それは時間にして5分もなかった。

「………あのさ、おっちゃん。ホテルは?」

「ノー・ホテル!ノー・ホテル!」

えっ?無いの? さっきはOKとか言ってたじゃんか!…まったくもう。これだからインドは困る。やられた。仕方なく親父との素敵なドライブ代としてルピーを渡すと、ほかのリキシャの親父たちが「次はオレ!」なんて言いながら順番を決めている。あほか。もうおれは乗らないよ!

さて、困った。外はこんなすごい猛暑だし、どこか涼しいところで真夜中まで時間をつぶさなきゃなんない。容赦なく照りつける日差しの中、さっきリキシャで通った道をでっかいバックパックを背負ってテクテクと歩いた。あんまりにも暑いので、途中の屋台でライムみたいな柑橘類を絞った生ジュースを飲んだ。そして、少しストリートから外れたところにある住宅地の外れにちょうどいい具合の木陰を見つけたので、そこに寝っ転がった。ここならうるさいインド人も来ないしちょっとは涼しい。インドに入ってもう数週間、ぼくは寝ようと思えばどこでも寝れるようになっていた。

ほんの少しだけだけど風が吹いてきていい気分。ホテルが無いのなんか気にしない。ぼくは汗でカラダに張りついたTシャツを脱いで木の枝に干し、半裸で座禅を組むと、まるで菩提樹の下で涅槃に至ったブッダさんみたいな気持ちになってきた。ああ、ブッダさん。鈴木はあるがままここに座っておりますよ。

しばらくの間そんな三昧の境地に至っていると、一匹の犬が近づいてきた。

「生きとし生けるものよ。何処へ行く?」

座禅を組んだまま痩せこけた犬に問うと、犬はバルゥバルゥと低い声で鳴いた。つーか、きったねえなあこの犬! あちこち毛が禿げて皮膚がただれているし、眼は白く濁ってるし。あーあ、よだれまで垂らしてる。こんな犬に噛まれたら狂犬病になっちゃうよ! インドの犬ったらほんとに汚いんだから。

ボロ犬はぼくのすぐそば1メートルくらいの距離まで来るとそこにペタンと寝た。どうやら攻撃してくる意志はないらしい。あんまりにも痩せこけた犬だったので試しにバックパックから非常食のクラッカーを取り出して口元近くに投げてやると、しっぽを振りながらそれをガツガツと食った。インドの犬ったらほんとになんでも食うんだから。

ぼくは『金剛般若経』に「慈善ヲ行ウベシ。サレド慈善ヲナストノ考エハイササカモ心ニ抱クナカレ。慈善トハ、所詮、言葉ニ過ギヌモノナレバナリ」と書かれていたのを思い出した。当時のぼくはきわめて信仰心に篤く宗教的な信念をとことんまで実践しようとしていた。ところがその後ぼくは自分が口先だけの信心を売り物にしている偽善者ではないかという疑念に多少とりつかれ、人生に多少疲れて冷笑的になってしまった。つまり今のぼくはもうかなり年を食い、あらゆるものに対して中立的な態度を取るようになってしまったが、まだ当時は慈善、親切、謙虚、熱意、中立的な心の平安、叡知、法悦などの教えの真実性を信じて疑わなかった。自分こそは、現代の衣をまとう、昔の比丘であり「真の意義」すなわち「達磨の法輪」をまわし、みずからが後の世に仏陀(すなわち覚者)となり、極楽浄土の聖人となるために必要な徳を積むことをめざして、世界(ぼくの場合はふつう、ニューヨーク、メキシコ・シティー、サンフランシスコの各地点を結ぶ巨大な三角の弧)を遍歴しながら行脚を続けているのだと信じていた。当時は、まだジァフィー・ライダーと知り合う以前のことで──ぼくはまだ<達磨の放浪者(ダルマ・バムズ)>なるものについては何一つ聞かされていなかった。もっとも、今ではぼく自身がすっかりダルマ・バムになりきり、宗教的な流離の旅人をもって自任しているのだけれど…。

ジャック・ケルアック『禅ヒッピー』小原広忠・訳/太陽社刊より

「さて、犬よ。日も落ちてきたしおれは飯を食いに行く。達者でな。さらばだ!」

クラッカーを食べながらチラチラとこちらを見つめるボロ犬と別れを告げ、駅の方に向かって歩くと頭に紫のターバンを巻いたパールシー(ゾロアスター教徒)の兄貴が小さな屋台を開いていた。オムレツを小さなイギリス風のパンで挟んだだけのごくシンプルな食べ物を売っている。店によっては青い唐辛子を入れるかどうか聞いてくるところもある。この屋台はインドのあちこちで見かけたが、そのタマゴを挟んだパンの名前は未だにわからない。だからぼくは「タマゴパン」と呼び、日本に帰ってきてからもときどき作って食べている。

「兄貴、タマゴを2個入れてくんろ」と注文すると、兄貴は卵をふたつコップに割ってかき混ぜ、手際よくフライパンに流し込んだ。その屋台の脇で出来たてのタマゴパンを食べながら真っ赤に染まった夕日を眺めた。真っ赤な大地に真っ赤な夕日、そんなものすごい真っ赤な瞬間。えっ?チャイもくれるの? サービス? ありがとう兄貴。

「こうしてインド亜大陸に落ちる真っ赤な夕日を眺めながら飲むチャイは格別だね」なんて屋台の兄貴に言っても兄貴はジャッパーン語がわからないのでニヤニヤと笑ってるだけ。でもそれでいい。ぼくがご機嫌なことだけは伝わってるみたいだから。

そして腹もいっぱいになったので、さらにテクテクと歩いて駅に向かった。真っ赤な空は次第に紫色に染まってきた。インドの小さな田舎の駅。ぼくは待合室のベンチにどっかと荷物を下ろし、それを枕にうとうとと眠りこんだ。ふと気がつくと外は真っ暗で、駅の中はオレンジ色の照明で照らされ、そしていつの間にかぼくのベンチの下にさっき出会ったボロ犬が寝そべっていた。

「あっ!おまえ、ここまでおれを追っかけて来たの?」

白濁した目でぼくのことをじっと見つめるボロ犬。うん、わかったよ。また何かあげるよ。でもここは駅の中だから、ここで食べ物をあげるとまわりのインド人たちに怒られそうだ。向かいのベンチのおばさんも手を払いのけるような仕草をしながら「この汚い犬を外につまみ出せ!」と怒ってるし。さあおいで。

ぼくが歩き出すとボロ犬も起き上がり、数歩後ろをトボトボと付いてきた。暗い夜の中をさっきの兄貴の屋台まで戻り、タマゴひとつのパンを注文して食わせてやる。やっぱりインドの犬はなんでも食う。屋台の兄貴は同じパールシーの友達だろうか頭にターバンを巻いた数人の若者といっしょにニヤニヤと笑っている。変な外人と犬だとでも笑っているのだろう。

「またおまえが駅に入ってくると怒られるから、ここでお別れだ。長生きしろよ!」

ぼくは道の端っこでガツガツとタマゴとパンを夢中で食う、汚くて貧相だけど愛おしいボロ犬に別れを告げ、また駅まで戻った。

やがて真夜中になった。予定の時刻より30分ほど遅れてヴァラナシ・エクスプレスがホームに入ってきた。インドの夜行列車には車両の入り口に自分が座るべき(寝るべき)座席表が白い紙に印字されて貼ってある。ごった返す人混みの中で焦らずにそれを探し出すには、赤い制服を着たポーターにチップを払い、荷物を持ってもらうのがいちばんだ。車両を降りる人、乗る人、別れを告げる人、チャイ売りの親父、そんな人混みをかきわけてちゃんと正確に座席まで連れていってくれる。そして自分が乗るべき指定座席には、指定券なんて持っていないインド人たちが勝手に座っているのでそれもちゃんと追い払ってくれる。

人が溢れるくらいにぎゅうぎゅう詰めの車両。ぼくが寝るべき寝台はインド人の家族が占領していた。でもぼくの雇ったポーターがぼくの寝るべき寝台、上段のベッドから母親と子供を追い払ったので、彼らはすぐ脇の通路に座り込むしかなかった。この車両はもうほかに座る場所なんてないのだ。

ぼくは、眠りこけている五歳くらいの男の子を抱きかかえたその母親に「その子はここに寝せるといいよ」と自分のベッドを叩いた。子供ひとりくらいはいっしょに寝る余裕はある。すると母親はホッとした顔で子供をぼくのベッド乗せ、自分は通路に座りくつろいだ。

真夜中を走る夜行列車、ぼくは深夜特急がたまらなく大好きだ。寝台に揺られてるといつも不思議な高揚感に包まれる。

ふと、ぼくはたまらなくタバコが吸いたくなり、通路と荷物の間に挟まって身動きのとれない大家族に「タバコを吸ってもいいかな?」と聞いた。すると彼らは笑顔でOKしてくれてお菓子までくれた。ぼくは深く寝息を立てている男の子と二人寝台に寝そべり、窓の外を流れる星空と広い大地を見ながらけむりを吐いた。

「チャーイチャイチャイチャイ!」あ、チャイ売り親父が通路に座り込んでいる人たちをかきわけてやってきた。おーい、チャイを一杯おくれ。そして大家族からもらった甘いお菓子を、甘いチャイでいただく。うん、このお菓子うまい。

列車はインドの真夜中を猛スピードで突っ走っている。ぼくはなんだか興奮して眠れなくてずっと窓の外を眺めていた。ときどき男の子が寝返りを打った。朝になれば目的地、ヴァラナシだ。(つづく)

【再掲】平成禅ヒッピー(初出2007年8月10日)

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実録・コンパニオン狩り

夕方の東名高速。ぼくと社長のふたりは名古屋に向かってレンタカーを飛ばしていた。

もう十数年も前の話だが、当時ぼくはとあるゲームメーカーに勤めていて、所属は「営業広報部」。すごく小さな、そしてどうしようもないクソゲーばっかり作ってるメーカーだったので、開発と経理以外はぼくと社長、そして専務の3人ですべてをこなしていた。後に会社の株を店頭公開する準備が始まって社長たちが忙しくなり、その業務の一切はまだ若いぼくひとりに託されたりもした。ぼくは社長のお気に入りで、その社長の期待に応えるべく一生懸命働いた。

ぼくらが名古屋に向かっていた理由は大須という電気街で新作ゲームのイベントを行うためだった。デパートやカメラ屋の店頭で新作ゲームのデモを行い、群がるガキどもにゲームを遊ばせるわけだ。つまり昔、高橋名人がスターフォースとかで全国を回っていた全国ゲームキャラバン、まあぼくらの場合はもっと規模の小さいあれのクソゲー版。全国クソゲーキャラバンというわけだけど。

先週の土日にはすでに秋葉原で子供やオタクたちに「このゲームつまんねえな」などといわれながらも大盛況のうちにそのイベントを終えていた。今日は土曜日、明日の日曜日は大須でイベントを行うため、ぼくらは名古屋に前日入りしようとしているわけなのだ。

でもぼくはずっと疑問に思っていたことがあって、車を運転する社長に聞いた。

「あの…社長。今回はコンパニオンを手配してませんけど本当にいいんですか?」

ゲーム大会にはガキどもを仕切る司会進行役が必要だ。別にぼくらがそれをやってもいいのだが、そういうのは若いきれいなお姉ちゃんが適役だし、先日の秋葉原のイベントではちゃんとした派遣会社からそういうプロのコンパニオンを雇ってイベントを行ったのだった。

「うむ。鈴木ちゃん。わし名古屋はコンパニオンいらんゆうたやろ?じつはとっておきの秘策があるんや」

「ハア…秘策、ですか?」

「まあ、わしに任せておけば心配いらんで!ヘッヘッヘ。鈴木ちゃん、昨日準備で徹夜したから眠たいんやろ?名古屋に着くまで寝ててもええで」

岡本社長はぼくの仕事の師匠だ。まだ社会経験の浅いぼくはこの人から仕事のすべてを学んでいた。だからこのときも社長が自信を持ってそういうので、ぼくは安心して助手席で眠りについた。

「鈴木ちゃん。着いたで」

ぼくらは名古屋の繁華街、錦のホテルにチェックインした。

「さて、鈴木ちゃん。いまから明日のコンパニオンを現地調達するで!」

そう叫んだ社長がぼくを連れて行った場所は、なんとホテルにほど近いキャバクラだった。社長はこのキャバクラで遊び、また同時にそこのキャバクラの姉ちゃんたちに明日のイベントのコンパニオンをやらせるつもりでいたのだ。さすがは社長だ。ぼくの師匠だ。遊びと仕事を両立すること、ぼくはそんな大事なことをこの社長から学んでいた。

「王様ゲッエ〜ムッ!」

キャバクラ魔王の異名をもつ社長は王様ゲームも強い。キャバ嬢たちは次々と王様である社長の命令を聞くハメになった。

「じつは明日、我々は大須でゲームイベントをやるんやけどな。どや?バイトせえへんか?2〜3時間で1万円あげるで。なあに簡単なバイトや。子供相手にチラシ配ったりすればいいんや」

「やるやるぅ!」

キャバ嬢たちも思わぬ美味しいバイトの誘いにハイテンションで黄色い声をあげた。それにしてもさすがは岡本社長だぼくの師匠だ。普通、ちゃんとしたきれいなコンパニオンを派遣してもらうには2万円以上もかかる。それを社長は半額以下で手に入れたのだ。浮いた分は今夜の遊び代というわけで。ぼくの社長は天才なのだ。

「鈴木ちゃん。とりあえず5人来るいうで。ま、そのうち半分こなくても2人もいればじゅうぶんやろ?どや?鈴木ちゃん。わしの秘策」

「社長、お見それしました。一石二鳥の秘策ですね!」

「そうやろそうやろ。じゃあ鈴木ちゃん、そろそろヘルスでも行くか。フヒヒ」

明日のコンパニオンのバイトに名乗りを上げたキャバ嬢たちには時間と待ち合わせ場所を伝えて別れ、ほろ酔いのぼくらはその後マットヘルスの店で名古屋の夜を存分に楽しんだ。

しかし次の日。イベントが始まる時間になってもキャバ嬢たちはひとりも来なかった。

「なんやねんあいつら!ひとりもけえへんやんか!」

カンカンに怒る社長。しかしお店に場所を借りた手前、いまさら中止にするわけにもいかない。とりあえずぼくが司会進行、社長がビラ配りをしてまったく盛り上がらないイベントを粛々と行った。社長はえらく不機嫌な顔で、ぼくはしょんぼりとした顔で。

日曜日の電気街。まわりの店では他のメーカーが派手なイベントを行っていた。そのなかでも富士通は、美人のコンパニオンを何十人も使った大々的なイベントを行っていた。さすがは大企業、相当お金がかかっている。ぼくらのようにコンパニオン代をケチってキャバ嬢にやらせようとした弱小メーカーとは企業理念、コンプライアンスがちがう。

でもぼくは休憩中、そのなかの何人かと親しくなり、仕事が終わったらいっしょにご飯を食べようという約束を取りつけた。ぼくたち東京から来たんだけど、この後どうかな。ご飯おごるから。ね?「うん。行く行くう!」

「社長、元気を出してください。さっき富士通のコンパニオンたちと飯を食う約束を取りつけました」

「そうか!でかした鈴木ちゃん。ま、腹の立つことは忘れて、今夜はそのギャルたちとエビフリャーでも食うかエビフリャーでも。フヒヒ!」

とたんに社長の機嫌は直った。よかった。社長の機嫌が直るんだったら、ぼくは100人の女にでも声をかけるつもりだ。それがぼくの、会社への忠誠心というやつなのだ。

しかし、夕方約束した時間になっても富士通のコンパニオンたちはひとりも来なかった。

「鈴木ちゃん…もう東京に帰るで…」

「えっ、でもまだエビフリャーも味噌カツも食べてませんよ?」

「こんなケッタクソ悪い土地にこれ以上いられるか!もう撤収や撤収!」

ぼくが仕事の師匠である岡本社長から学んだ教訓は、まずキャバ嬢をコンパニオンにするのは無理だということ。それから名古屋の女は嘘つきだということ。そのふたつだ。

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